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小林英樹ブログ

2011年5月アーカイブ

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友人の贈り物。

金色に染めた絹の風呂敷。

その一角に可愛らしい猫クンが三匹。

もっとも、後ろ向きの猫クンは顔が見えないから何とも言い難いが、光景は可愛い。

名古屋ボストン美術館のグッズコーナーで売っていたという。

梶田半古の作品《若菜・下「源氏物語」》(1905年)である。

源氏物語のなかでも最もわくわくドキドキするシーンの一つ。

貴公子たちが春の夕映えに照らされながら蹴鞠に興じている。

柏木もメンバーの一人である。

そのとき小さなきれいな唐猫が大きな猫に追いかけられて逃げまどっているうちに、

御簾(みす=すだれ)のひもにでもまきついたのか御簾が巻き上げられてしまう。

そこに立っていた女三の宮の姿があらわになって、

その姿を見た柏木が一層思いを募らせていく。

後にその唐猫を手に入れ日夜そばに置いてかわいがる、という話が展開されていくのだが、

猫の動きが印象的に描かれていて「若菜」のこの場面は映画のシーンのようだ。

三匹の猫のうちの後ろ向きの猫が、その時追いかけた方の猫、

左上のトラ猫が御簾のひもをはずしてしまった猫クンのような気がするが、

はたして作者の梶田画伯の意図するものはどうだったのか。

 

 

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110521_082652.jpgダイニングルームからウッドデッキを見ると、ぼくの書斎の窓から風太がこっちを見ていた。

飼いたてのころは、ベランダに飛び出し、そこから階下に転落する風太の姿を想像して神経を使ったものだ。

いまでは、その心配は皆無。

家の外に一歩も出ようとはしない。

外は怖い所。外は病院。外に出れば知らない人にさらわれてしまう。

風太は、絶対安全なところにいたがるのだが、

絶対安全とは、風太にとっては、閉じられた空間のなかで家族とともに生活する以外にない。

網戸の向こうから、ウッドデッキに一日に何回か訪れる雀の到来を身を構えてじっと待っている。

きのうも友人のH君が大阪から遊びに来てくれた。

一歳の時には彼がカメラを構えると、ポーズをとって写真を撮らせてくれたのに、随分臆病になってしまった。

もうすこし、人を怖がらない猫に戻れないだろうか。

携帯電話のカメラで撮影。 

110520_152536cc.jpg新緑のキャンパス。

一体どこが?

そう、愛知県立芸術大学は日本一広い(学生一人当たりの面積が)大学。

このスロープはエントランス部分であるが、愛知芸大を象徴するもの。

新緑のこの時期、いちばんきれいになる。

この大学は丘陵地帯を利用してできた低い建築群が構成する独特の景観がある。

愛知芸大の誇るべき景観である。

この大学に関わった以上、

ぼくは、一点透視図法が駆使された知的でダイナミックな空間と建築物を大切にしていきたい。

これは携帯で撮った写真、実際はすごいもんだよ。

ここは県立大学、県民や一般に開かれた大学。

ぜひ見学に来てください。

 

 

DSC07083cc.jpg京都五条烏丸。

ここから東に行くと、鴨川があり、

さらにずっと行くと東山にぶつかる。

少し北に行くと、知恩院があり、

そこから下りていくと、清流のせせらぎがあり、水草が揺れている。

小さな塚の向かいに彼は住んでいて、

そこから北に20分歩くと、彼のベッドがある。

蓬莱のような山々の向こうから西日が霞んだ京の街を横切って彼のベッドを照らし出すんだよ。

ベッドのある部屋は、黄色く染まってそこはいつまでも明るい。

あの時も明るかったし、

いまも明るい。

ぼくは五条烏丸の交差点で、

遠い太陽の存在を感じ,

あの日のことを思い出している。

静かで、いつまでもその時間がくっきり残っていて、

そういう空気にいつまでもぼくは包まれていたい。

 

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これは、わが家の風太。

最後のブログからひと月くらい空白ができてしまった。

忙しいと思うのは気持ちの問題であって、実際にどれくらい忙しかったのかよくわからない。

余裕がないと、なかなかブログに向かえないことだけは確かだが...。

この年齢になって、なお、自分の未熟さをさらけ出すのもいいのかも。

忙しかった割には、大したこともできていない。

風太は、この歳になると、目立った変化もなく、

日々、家族の一員として日常生活を淡々と、時に退屈そうに、あるいはぼんやりと送っているよ。

構ってやらないと可哀想だと、こっちもときどき遊んであげるが、

それもややマンネリ化してしまいがちだ。

それじゃあだめなんだよね。

でも、ひとつだけ、特記事項がある。

それは、ぼくの帰宅を階段を上ってくる足音で察して、玄関の扉を開けるとちゃんと玄関で待っていることである。

この写真は、家の裏に咲く桜を見ている風太。

だから、一月前の風太である。

また、ぼちぼち、始めます。

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おまたせ。

しかし、まずは風太ではない別の猫クン。

かわいいよ。おそらく、まだゼロ歳の男の子。

今日から、京都芸大で「五芸祭」が始まった。

「五芸祭」とは、日本にある5つの国立・公立の芸術系大学の学生が交流を深めるお祭り。

スポーツの交流試合や文化部の集いがある。

その出張の帰りがけ、薄汚れた、だが、どこか、風太を思い起こさせる風貌の仔猫がいた。

遠くから、「ふうた!」と呼んだら、

急ぐでもなく、なんとなくやってきて、ぼくの前で横たわったよ。

何も期待されていない覚めた目。

随分、裏切られてきたのかもね。

十数カット撮って、結構可愛いのもあったが、そのなかで二枚選んだ。

真っ白なはずの毛も薄汚れていて、

目やにがついていたりして、過酷な環境で生きている猫クンの行く末を案じてしまったよ。

あのとき、動物病院でぼくが抱いたら、

ぼくの顎ひげをぺろりと舐めた風太。

この猫も誰かに抱かれ、誰かの顎をぺろりと舐めたらいいのにね。

猫好きの学生が拾って行ってくれないかな。

・・・

じゃあ、猫クン、さようなら。

きみらが生き抜くにはこの世はかなり厳しいよ。

がんばってくれ。